桜花賞
国営競馬5大クラシックレースのひとつ桜花賞は、阪神競馬場の芝1800mで争われます。
サラ系3歳(現4歳)の牝馬だけのレースで、まだ精神的に未熟な馬齢から、波乱が多めです。
しかし2007年、狭かったスタート地点が広い向正面に変更されました。
ここ2年は堅実な人気馬が勝利しています。
出走枠18頭のうち最大8頭は優先枠からの出場となり、牝馬の実力が伯仲するレースです。
賞金も高く、牝馬三冠をねらう実力馬が勢ぞろいするため非常に注目されています。
馬齢の若さがあるとはいえ、ゲートインから落ち着いている馬が勝利する可能性大です。
そのため、前走経験の中で重賞に入賞している馬が有利になってくることは必然です。
過去の成績を見ると、逃げ切りより差し馬の方が好成績を残しています。
馬場が荒れているコースは馬も走りたくないので、コース状態の見極めも重要です。
2008年に外国産馬の出走枠が7頭に拡大し、2010年からは国際競争に指定されました。
そのため今後は有力な外国産馬の出走も期待され、予想は難しくなりそうです。
過去最多、桜花賞に勝利している武豊騎手には常に注目すべきと言えます。
トライアルレースは、チューリップ賞・アネモネステークス・フィリーズレビューです。
トライアル以外では、フラワーカップ、クイーンカップの出走場が絡んできています。
波乱の多かった桜花賞も、最近では実力馬が制しているので、直近の成績は最重要です。
天皇賞(春)
天皇賞は、春は京都、秋は東京で開催されるGIレースです。
春の京都は芝3200mの平坦レースで、中央競馬で最も長い距離とされています。
いわゆる「淀の坂」を2度駆け上がるコースで、スタミナ・持久力・精神力が必要です。
長距離戦のためペース配分や仕掛け方など、騎手の実力も問われるレースとなります。
サラ系4歳(現3歳)以上の牡馬牝馬外国産馬が出場する、真の最強馬を決めるレースです。
前走は、京都記念・中山記念・阪神大賞典などで、好成績をおさめた馬が絡んできます。
ここ5年連続してレースレコードを生んでおり、高速馬場の傾向が強くなっています。
秋の東京は芝2000mで、春に比べて短く、4歳(現3歳)馬も登録なしで出場できます。
そのため多くの有力馬が出走し、有馬記念やジャパンカップを凌ぐ豪華さになります。
マイラー(1600m前後)競走馬が好成績を上げている実績があり、マイルGIの成績も重要。
大外枠と一番人気馬が勝てないと言われていたが、ここ数年は例外馬が勝利しています。
ただ今でもコースの特徴として大外枠が不利な点は完全には払拭されていません。
前走は宝塚記念・札幌記念・毎日王冠などで好成績の馬が秋の天皇賞に優勝してします。
ジャパンカップ・有馬記念と合わせGI3戦を視野に入れた馬の出走も目立ち、白熱します。
ファンの注目度も非常に高く、実力馬が多く出場するのが天皇賞です。
秋は特に、幅広い馬群が対象となる拮抗したレースとなる難しいレースといえます。
ヴィクトリアマイル
ヴィクトリアマイルは、東京の芝1600mで争われるGIマイルレースです。
5歳(現4歳)以上牝馬限定の重賞で、春の古馬女王決定戦と言われています。
2006年から開催されたまだ新しいレースで、開催当初から4年連続レースレコード更新。
牝馬にとって春の目標であり、2週空けての安田記念への足がかりとして意味があります。
ヴィクトリアマイル自体の歴史は長くないが、出走馬はいずれも古い実力牝馬。
牝馬戦のみならず、牡馬のレースでも実力馬が優勝にからみます。
古馬のレースを、後続の優秀馬の繁殖のためによくないとする声もある。
しかし1600mという走りやすい距離に加え、春から初夏への調整という意味で価値がある。
過去の成績は、名の通った競合牝馬が勝利をおさめています。
GIやオークスの成績から、牝馬の古馬をピックアップしていけば、予想しやすいでしょう。
レース展開としては、昨今の傾向通り追込み型が勝利をおさめることが多いです。
すでに数多くのレースに出走している古馬ならではの結果ともいえます。
数少ない、古馬牝馬のための限定レースなので、絞られた実力馬が優勝を狙い参加します。
過去4戦のヴィクトリアマイルで最も絡んだ騎手が武豊です。
牝馬を知り尽くした騎手ならではのたずな捌きで、要注目です。
安田記念へのローテーションの一環とはいえ、実力馬が制するのが、古馬の戦いです。
予想としては波乱の多いレースよりは比較的データ重視のやりやすいレースと言えます。
東京優駿(日本ダービー)
東京優駿(日本ダービー)は、競馬界、ファン共々最も注目する競争と言ってよいでしょう。
4歳(現3歳)の牡馬・牝馬だけに与えられた日本代表決定戦のようなレースです。
馬にとっても騎手にとっても、東京優駿に勝利することは非常に重要な要素となります。
2010年からは、国際競争に指定されるため、外国産馬の出場も予想されます。
トライアルレースは、皐月賞・青葉賞・プリンシパルステークスなどです。
過去76回の歴史の中で、牝馬の優勝はたったの3回です。
圧倒的に牡馬の優勝が多いのは、このレースに出走する馬たちの実力の高さを物語ります。
芝2400mという長さでは致し方ないということもあるかもしれません。
ファンの入場数・ファンファーレなどの派手さから、非常に華やかなレースとなります。
大きな舞台でも緊張・興奮しない精神力が、馬と騎手の両方に問われます。
2着入賞馬は、その後の重賞レースでも優勝や入賞にからむことが多いです。
歴史的な大舞台で最後にものを言うのが、やはり底力なのだということが言えます。
過去の歴代優勝馬を見ても、実に名の通った実力馬揃いです。
デビュー戦から無敗でダービーに臨むようなぬきんでた実力馬も優勝しています。
最も注目度の高いレース、東京優駿では、馬も騎手も実力と経験が最重要要素です。
過去のレースは、1番人気から3番人気までが優勝しているので非常に堅実です。
大穴狙いをせずに、実力馬の中から選定し、お祭りとして大穴を楽しむのが良いでしょう。
高松宮記念
高松宮記念は、中京の芝1200mで競われる短距離レースです。
僅か70秒のレースで、直線が短く坂もゴール前200mの緩いものだけのコースなのです。
逃げ切り馬が強いかと思われるが、実際の過去成績は逃げ切り優勝が数頭しかいません。
2009年は、逃げ切り馬が優勝しました。
近年の高速化にたがわず、ここ数年レースレコードが更新されています。
高松宮記念は、2001年から国際競争となっており、外国産馬も出走しています。
スタート地点は2コーナー出口付近で、向こう正面を通り、最終直線でゴールです。
短距離だけあって波乱は少なく、過去10年の優勝馬はすべて5番人気までとなっています。
1200mの短い距離で波乱を生もうとするには、相当いきなり突出しないと難しいです。
よって予想自体は難しいものではなく、短距離の実力馬に人気が集中します。
また、牝馬にも優勝の可能性が十分ある距離であります。
さらに短距離のレースではコース選択が非常に重要となります。
騎手の采配がとても重要となりますので、短距離によい成績を残している騎手が有利です。
枠順が決まってから予想をたてることはマストの方法です。
短距離に強い馬の血統・得意な騎手・気が強く勢いのある馬の正確などが重要な要素です。
また、重量も大きな要素となりうるので、差込系で軽い馬もチェックする必要があります。
短距離レースの面白さは、逃げでも差しでもスピード感にあります。
最速レコードを持つ馬なども、大変面白い選択となるでしょう。
皐月賞
皐月賞は、戦前の1939年からJRAが千葉県の中山競馬場で開催されています。
競走名でもある皐月とは、陰暦の5月から出来ています。
中央競馬クラシック三冠として、皐月賞や、東京優駿や、菊花賞があります。
先程述べた以外の桜花賞、優駿牝馬、有馬記念、天皇賞春・秋で八大競走と呼んでいます。
出走の資格は、3歳以上で規定体重以上である事や、JRA所属競走馬です。
優先権などを持つ、地方競走馬などが出走の資格になります。
中山競馬場では、弥生賞というレースがあります。
弥生賞を制し、弥生賞同様に皐月賞を制する馬がほとんどいないのです。
過去10年で両方を制した馬はディープインパクト、アグネスタキオンです。
過去には、たくさんの記録が生まれています。
1941年~1942年調教師として田中和一郎さんが大会初の連覇をしています。
1968年故・保田隆芳騎手がJRA初の八大競走を完全制覇されています。
2005年は、有名な武豊騎手・ディープインパクトが大会を制しています。
大会の賞金の総額は、1億8470万円になります。
1着9700万円で、2着3900万円、3着2400万円と高額です。
上位4着までに入った競走馬は、日本ダービーへの優先権を貰えます。
上位2着までに入った競走馬は、NHKマイルカップへの優先権が貰えます。
最も早い馬が勝つをキャッチフレーズに、行われます。
大会を制し、八大競走を制する白熱したレースが展開されます。
NHKマイルカップ
NHKマイルカップとは、1996年からJRAが東京競馬場で開催されています。
以前は43年間トライアル競争でしたが、現在は格付け競争となっています。
当時は、外国の馬が出走できず、外国の馬が目標とするレースでした。
距離は1600mで競争馬にとってローテーションを重視されています。
NHKマイルカップの出走の資格は3歳以上で、規定体重以上となります。
またJRA所属の競走馬、規定レースの2着以内の馬に優先権があたえられます。
また3歳以上の馬によるチャンピオンマイラー決定戦の位置づけが与えられます。
セン馬、去勢された牡馬には出走の資格は無しとなります。
テレビ放送は当然のことながら、NHKが優先権を持っています。
他局が放送を行うときなどは、「マイルカップ」として放送されます。
NHKマイルカップといえば過去にたくさんの記録が生まれています。
2007年に兄弟騎手で有名な内田博幸騎手が3人目のGⅠ制覇をしています。
記憶に新しい2009年ショーカプチーノが大会新記録のタイムを出しています。
大会の賞金の総額は、1億7420万円となります。
1着9200万円、2着3700万円、3着2300万円となります。
レースは毎年大混戦で2007年には三連単の万馬券が出ています。
東京競馬場のコースは有利・不利がないコースですが、多頭数なら外枠なら難しいです。
また東京競馬場は直線が長いコースになります。
春の競争として、最大の注目度のレースです。
優駿牝馬(オークス)
優駿牝馬(オークス)は、牝馬の女王を決める最重要レースです。
東京の芝2400mで行われる最も強い実力牝馬18頭が集まるサラ4歳(現3歳)です。
トライアルレースは、桜花賞・フローラステークス・スイートピーステークス。
外国産馬も出走可能です。
いずれの牝馬も、栄誉あるレースの優勝を狙ってくるため、波乱は少ないのが特徴です。
過去10年のデータを見ても、ほぼ5位~7位以内の人気馬が優勝しています。
近年目立つ特徴は、地方馬が移籍後に好成績を残している点があります。
また、牝馬にとっては過酷といえる2400mを制するためには、パワーだけでは不可能です。
名ジョッキーと言われる騎手のレース配分や調教師のコントロールが欠かせません。
重賞レースは実力馬が圧倒的に有利となる理由もそのようなところにあるかもしれません。
競走馬年数の短い牝馬にとって、オークスは最も重要といっていいレースです。
どの牝馬もこぞって優駿牝馬に焦点を合わせてくるのです。
桜花賞で好成績を出した牝馬にまず注目し、直前の馬体重などを重視します。
桜花賞からのローテーションは定番中の定番で、非常に焦点が当てやすいためです。
過去の成績を見ても、桜花賞組が圧倒的によい成績を残しています。
そういう意味では予想もしやすい重賞レースのひとつです。
2400mという性格から、体力を温存でき、直線で追い込みのできる実力馬が最有力です。
過去のデータ・追い込み馬で持久力のある血統・桜花賞での成績が最重要となるでしょう。
安田記念
安田記念は、1951年からJRAが東京競馬場で開催されています。
正式な名称は農林水産省賞典安田記念です。
安田記念の安田とは、競馬会初代理事長安田伊左衛門の功績を称え出来た大会です。
JRAが施行する重賞競走の一つで出走の資格は、3歳以上となります。
また年齢に応じて体重にも規制があります。
JRA所属の馬、本競走に登録した外国調教馬が出走の資格となります。
1993年からは国際競走となり、外国調教馬(数指定あり)の出走が可能です。
2004年に国際格付けがGⅠとなり、国際的にも価値の高いレースになりました。
過去にはたくさんの記録が生まれています。1952年~1953スウヰイスーが連覇をしています。
1951年~1953年故・保田隆芳騎手が初の大会3連覇を成し遂げてます。
1993年には調教師で大会初の連覇を栗田博憲さんが達成されています。
1995年国際競走となってはつの外国調教馬が大会を制しています。
また2009年に、2世代ダービーで1着、2着に28年ぶりに入りました。
大会の賞金の総額は、1億9000万円となります。
1着1億円で、2着4000万円、3着2500万円と高額です。
秋のマイルチャンピオンシップとならぶ最高のレースです。
アジアマイルチャレンジの最終戦で、最強馬としての決定戦です。
だから海外からの関心や注目度も集めています。
6月の開催で梅雨時期にレースが行われますが最強の馬が誕生する大会です。
中山大障害
中山大障害は、中山競馬場の障害・芝4100mで
日本中央競馬会(JRA)が開催する障害重賞G1レースです。
正式名称は農林水産省賞典中山大障害と言います。
コースには中山グランドジャンプ同様に、大竹柵障害や
大生垣障害(通称赤レンガ)などを飛び越える大障害コースが使用されます。
そもそもの歴史を振り返ると原点は1934年秋の「大障害特別競争」で、
出走場はわずか4頭、うち3頭が完走しました。
1948年秋にレース名が現在の中山大障害に変更されました。
1953年春のレースがテレビ中継されたのは日本初の競馬のテレビ中継でした。
過酷な大障害のため、レース中のハプニングのエピソードもいくつかありますが、
1957年のレースでは落馬した騎手が再騎乗してどん尻ながら完走して
表彰されたということもありました。
1951年に過去の優勝馬が出走可能になりましたが、
負担重量は2kg増でした。その後1966年春からは
中山大障害1勝ごとに負担重量は2kg増に変更されましたが、
1972年にこの規定は一旦廃止されましたが、1976年春から再び適用されています。
話題としては1971年秋のレースが馬インフルエンザのため
中止になったことも良く知られています。
中山大障害は1999年のグレード制導入でそれまでの春秋の年2回開催から
定量戦として年1回の開催になりました。
現在の負担重量は3歳61kg、4歳以上63kg(牝馬2kg減)になっています。
また、2001年からは出走条件が4歳以上から3歳以上に変更されました。
有馬記念
有馬記念は、日本中央競馬会(JRA)が
中山競馬場の芝内回り2500mで開催する重賞G1レースで、
年末の荒れるレースとして知られています。
そもそもは1956年に中山競馬場の芝2600m(内回り)の4歳馬(今の3歳馬)以上の
馬齢重量の重賞レース、中山グランプリとして始まりましたが、
翌年の1957年に提唱者であった有馬頼義(ありま・よりちか)氏が急逝したため、
有馬氏の功績を称えて翌年からレース名が有馬記念に改められました。
有馬記念はファン投票レースとしても良く知られています。
ファン投票は1人1票で、上位10頭に優先的に参加権が与えられ、
フルゲート16頭の残り6枠は過去1年間の獲得賞金額などにより決定されます。
出走馬の負担重量は1957年に6歳馬(今の5歳馬)が4歳馬(今の3歳馬)と同じで、
牡馬・せん馬ともに54キロ、牝馬52キロになりました。
コースは1960年に芝2600m(外回り)に変更され、
1966年の馬場改修で現在の芝2500m(内回り)になりました。
出走馬の負担重量は1965年に5歳(今の4歳)の牡馬・せん馬が56キロ、牝馬が54キロに、
6歳(今の5歳)以上の牡馬・せん馬が55キロ、牝馬が53キロになりました。
なお、この年にシンザンが優勝して五冠を達成しています。
有馬記念は、1971年に混合レースに指定され、1984年のグレード制により重賞G1に格付けされました。
1985年にはシンボリルドルフが連覇を成し遂げると同時に7冠を達成しています。
なお、2001年に負担重量が馬齢重量から定重量に変更されています。
阪神ジュベナイルフィリーズ
阪神ジュベナイルフィリーズの正式名は、
農林水産省賞典阪神ジュベナイルフィリーズと言います。
阪神ジュベナイルフィリーズは日本中央競馬会(JRA)が
阪神競馬場の芝1600mで開催する重賞G1レースです。
第1回は、1949年に阪神競馬場の芝1200mの重賞レース、
阪神3歳ステークスとして開催されました。
翌年の1950年に別定重量51キロから別定重量52キロに変更されました。
出走条件は1957年に再び変更され、別定重量牡馬52キロ、牝馬51キロになりました。
1960年にはコースが芝1200mから芝1400mに変更され、
さらに1962には1400mから現行の1600mに改定されました。
1970年、出走条件が変更され、別定重量牡馬53キロ、牝馬52キロになっています。
1971年には出走条件が馬齢重量牡馬54キロ、牝馬53キロと増やされて、
同時に皇后レースに指定されました。
阪神ジュベナイルフィリーズは1984年のグレード制により
G1日本中央競馬会(JRA)格付けされています。
1991年に、出走条件が2歳(元の3歳)牝馬限定に変更され、
名称も阪神牝馬ステークスと改称されました。
1995年には特別指定レースに指定され、
2001年にレース名が現在の阪神ジュベナイルフィリーズになりました。
なお、同年に負担重量が54キロになりました。
また阪神ジュベナイルフィリーズは、その前身である阪神3歳ステークスの時から
関西出身馬の歴史的名馬の登竜門として良く知られているレースです。
ジャパンカップ
ジャパンカップの正賞は農林水産大臣賞や
アイルランド大使賞などを含んでいます。
ジャパンカップは東京競馬場の芝2400mで
日本中央競馬会(JRA)が開催する重賞G1国際招待レースです。
外国からの出走馬は、輸送費から関係者の滞日中の費用まで
全額がJRAによって負担されます。
1970年代から世界に通用する強い競馬馬の育成の声がありましたが、
なかなか実現しませんでした。
1981にこの夢が実現し、第1回ジャパンカップが東京競馬場の芝2400mで、
国際招待の混合特別指定レースとして開催されました。
その後、1984年にG1に格付けされ、
1985年に単勝1番人気のシンボリルドルフが日本馬として初の優勝を成し遂げました。
もうひとつ忘れられないのが2009年ジャパンカップを制した牝馬ウォッカです。
出走条件は、サラ系3歳以上で、負担重量は牡馬55kg、4歳以上の牡馬は57kg、
牝馬はそれぞれ2kg減となっています。
かつてのジャパンカップは日本馬がなかなか勝てなかったこともあり、
外国馬にとってはその高額賞金も魅力があるものでした。
しかし、その後、検疫が厳しくなったり、賞金の魅力も薄れてきて
ジャパンカップに登録する外国馬はやや減少の傾向をみせています。
なお、国際レースとして、外国馬の招待決定は例年10月から11月に行われています。
日本馬の出走権はレーティング上位5頭に優先権があり、
前年のジャパンカップ以後のG1で1着になった地方所属馬で獲得賞金が多い馬が1頭出走できます。
エリザベス女王杯
エリザベス女王杯は、京都競馬場の芝2200mで
日本中央競馬会(JRA)が開催する牝馬限定の重賞G1レースです。
当初はビクトリアカップと銘打って、
牝馬の菊花賞として1970年から行われていましたが、
1975年の英国エリザベス女王の来日を記念して、
翌年の1976年から新しくエリザベス女王杯として誕生しました。
その後、1995年の第20回までは京都競馬場で開催されていましたが、
1996年の秋華賞の新設でコース距離がそれまでの2400mから2200mに短縮され、
同時に牝馬の古馬も出走が可能になりました。
エリザベス女王杯の足跡を見てみますと、
1976年の京都競馬場芝2400mの4歳馬(今の3歳馬)牝馬限定、
負担重量55kgのレースとして開催されたのを皮切りとして、
1984年にはグレード制によりG1に格付けされました。
その後、1996年に、出走資格が4歳馬(今は3歳馬)の限定から4歳馬(今は3歳馬)以上の
牝馬に変更されています。
4歳馬(今の3歳馬)の負担重量も55kgから54kgに変わりました。
同年、コース距離も現在の芝2200mになりました。
1999年には国際レースの指定を受けています。
1996年にコースが2400mから2200mに短縮されたことで
牝馬の古馬も出走が可能になったことは、
古馬にとってはまたとないチャンスになりました。
なお古馬にとっては2006年の春に古馬牝馬限定のG1レースとして
ヴィクトリアマイルができたために、
牝馬の古馬が出走できる牝馬限定G1レースが毎年、春と秋にあります。
菊花賞
菊花賞は、「きくかしょう」とも「きっかしょう」とも読まれます。
菊花賞は、日本中央競馬会(JRA)が京都競馬場の芝3000mで開催する重賞G1レースで、
正賞には内閣総理大臣賞が含まれています。
1938年に4歳馬(今は3歳馬)の牡馬・牝馬による定量の重賞レースとして
「第1回京都農林省賞典4歳呼馬」が創設されて
京都競馬場の芝3000mで行われたのが始まりです。
その後、1940年に定量を牡馬57kg、牝馬55.5kgに変更しました。
以降、太平洋戦争をはさんで名称は、
京都農商省賞典4歳呼馬」、「長距離特殊競争」、「農林省賞典4歳馬」と
3回も変更されていますが、1948年に現在の「菊花賞」と改称されています。
菊花賞は1984年のグレード制の導入により重賞G1に格付けされました。
1995年には指定交流レースの指定を受けました。
2001年からは制限付きながら外国調教馬が3頭まで出走可能になりましたが、
翌年この枠は5頭に拡大されています。
2003年からは負担重量を定量から馬齢重量に変更しました。
また、牡馬クラシック三冠レースには、それぞれ特徴がありますが、
菊花賞はその中でも最もコース距離が長い3000mを走りぬくレースなので、
「最も強い馬が勝つ」というキャッチフレーズがつけられています。
出走資格は、サラ系3歳(元の4歳)牡馬・牝馬のJRA所属馬、
JRA所定の条件を満たした地方所属馬と外国調教馬が5頭までです。
スプリンターズステークス
スプリンターズステークスは通称「電撃の6ハロン戦」とも言われる、
日本中央競馬会(JRA)が中山競馬場の芝1200mで開催するレースです。
スプリンターステークスは、現在では春に行われる高松宮記念とともに、
秋のスプリンター決定戦となっている重賞G1レースです。
スプリンターステークスはグローバル・スプリント・チャレンジにも組み込まれていて、
外国調教馬の参戦する傾向が年々強まっています。
出走資格はサラ系3歳馬(元の4歳馬)以上のJRA所属馬(外国産馬を含む)、
外国調教馬、およびキーンランドカップ・セントラルステークスで優勝、
2着馬で出走資格をとった地方所属馬となっています。
負担重量は定量で、3歳牡馬55kg、4歳以上の牡馬57kg、牝馬はそれぞれ2kg減となっています。
スプリンターズステークスは、1967年、4歳馬(今の3歳馬)以上の出走馬での
ハンデキャップ重賞レースとして中山競馬場の芝1200mで開催されたのが最初です。
その後、出走条件が5歳馬(今は4歳馬)以上に変更され、
1969年には負担重量が別定になるとともに、出走条件を4歳馬(今の3歳馬)に変更しましたが、
1981年には、5歳馬(今の4歳馬)になりました。
グレードはG3(1984年)、G2(1987年)から、1990年にG1になっています。
1994年、国際レースに指定され、1995年には特別指定交流戦の指定を受け、
2006年には国際G1に指定されました。
中山グランドジャンプ
中山グランドジャンプは、日本中央競馬会(JRA)が
中山競馬場の障害・芝4250mで開催する障害の重賞G1レースで、
国際招待レースになっています。正賞のひとつは農林水産大臣賞です。
外国からの招待馬については、
馬の輸送費から関係者全員を含む日本での滞在費用は全てJRAの負担になっています。
このレースの前身は、古く1934年から年に2回開催されていた中山大障害にさかのぼります。
負担重量は定量で、牡馬4歳馬では62キロ、5歳馬以上は63.5キロ、
牝馬はそれぞれ2キロ減とされています。
中山グランドジャンプとしての第1回レースは1999年に中山競馬場の
5歳馬(今の4歳馬)以上の障害・芝4100mの混合・定量の重賞G1レースとして開催されました。
2000年に、出走条件が混合から国際へ変更されて、
障害レースとしては日本初の国際招待レースになりました。
また、この年には初めてフルゲート16頭が出走しています。
2001年にはコースが日本の競馬レースでは最長の障害・芝4250mに変更されています。
中山グランドジャンプは、日本国内での最高難度の障害レースで、
まさに人と馬が一体となって大きな障害を乗り越えながら、
この長距離を走り抜ける厳しいレースということもあり、
観客のファンから優勝馬はもとより、
遅れに遅れても完走した馬にも暖かい拍手が贈られる光景が見られるという、
まさに損得抜きの競馬レースとして高い人気を維持しています。
朝日杯フューチュリティステークス
朝日杯フューチュリティステークス。
言葉に出すときに慣れないと舌を噛みそうなこのレースは、
日本中央競馬会(JRA)が中山競馬場の芝1600mで開催する重賞G1レースです。
このレース名は英語の「Futurity」からとったもので、
未来・将来・前途などの意味があります。
朝日杯フューチュリティステークスは、
1949年に中山競馬場の芝1100mの2歳馬(元の3歳場)限定の混合別定重量の重賞レース、
朝日杯3歳ステークスとして設けられました。
1950年に出走条件が別定重量51キロから別定重量52キロになりました。
さらに1957年には出走条件が別定重量、牡馬52キロ、牝馬51キロに変更されています。
1959年からはコースが芝1200mに変更されましたが、
さらに1962年にはコースが芝1600mに変更されています。
出走条件もその後たびたび変更されました。
まず1967年に出走条件が別定重量、牡馬51キロ、牝馬50キロに変更。
翌年には、牡馬52キロ、牝馬51キロに戻りましたが、
1970年には牡馬53キロ、牝馬52キロに変更されています。
1972年には出走条件が別定重要から馬齢受領になり、牡馬54キロ、牝馬53キロとなり、
混合レースに指定されました。
1984年のグレード制に伴い重賞G1に格付けされました。
1991年には出走条件が2歳(元の3歳)牡馬・せん馬に、
2004年には2歳牡馬・せん馬から2歳牡馬・牝馬に変更されています。
ジャパンカップダート
日本中央競馬会(JRA)が開催する重賞G1レース(国際招待指定)に
ジャパンカップダートがあります。
このレースは阪神競馬場のダート1800mで行われます。
外国から参戦する場合には出走馬の輸送費、滞在費、その他関係者一同の
日本での滞在に必要な経費の一切をJRAが負担しています。
ジャパンカップダートは、2000年に東京競馬場のダート2100mという変則距離で
4歳馬(今は3歳馬)以上の国際招待指定レースと
定量重賞G1レースとして第1回目が行われました。
当初の外国調教馬の招待枠は6頭までとされていました。
2001年の馬齢表示の国際基準への変更に伴い、
出走条件が4歳以上から現在の3歳以上に変更されています。
また、この年から外国調教馬の招待枠が8頭に拡大されました。
2002年には東京競馬場の改修工事のため中山競馬場の1800mで開催されました。
2006年には珍しく招待枠があるのにもかかわらず珍しく
外国からの参戦馬がゼロということもありました。
2008年には場所を阪神競馬場のダート1800mに移して開催されましたが、
この年にジャパン・オータムインターナショナルに指定されています。
その後、2009年にはJRAプレミアムの対象レースになっています。
負担重量は牡馬・8囈nが55kg、牝馬が53kgでしたが、
2008年から牡馬・せん馬が56kg、牝馬が54kgと、
それぞれ1kgの負担重量増になりました。
マイルチャンピオンシップ
マイルとはヤードポンド表示の1マイルということで、
メートル法に直すと1609メートルです。
マイルチャンピオンシップはこの1600mを走るレースですが、
日本中央競馬会(JRA)が京都競馬場の芝1600mで開催する重賞G1レースです。
1984年に中央競馬にグレード制が導入されましたが、
1マイルのチャンピオン決定レースとして春には安田記念が重賞G1に指定され、
秋の1マイルチャンピオン決定レースとしてマイルチャンピオンシップが新しく設けられました。
このレースは当初は、重賞G1レースでは最も荒れないレースと言われましたが、
近年では大穴が出る荒れるレースが増えています。
また、マイルチャンピオンシップの特長として、関西の競馬場で開催されるG1レースとしては
比較的珍しく関東馬の活躍が多いレースだということがあげられます。
1998年からは外国調教馬の参加が可能になり、
2004年からは国際グレードワン(G1)レースに指定されました。
また、2008年からはマイルチャンピオンシップは
ジャパン・オータムインターナショナルシリーズに指定されています。
出走資格は、サラ系3歳馬(元の4歳馬)以上のJRA所属馬、
JRAの認可条件を満たした地方所属馬と9頭までの外国調教馬となっています。
負担重量は定量で、3歳馬は56kg、4歳馬以上は57kg、牝馬はそれぞれ2kg減です。
なお、マイルチャンピオンシップは京都競馬場での年内最後の重賞G1レースです。
天皇賞(秋)
日本中央競馬会(JRA)が開催する天皇賞は年に2回あり、
京都競馬場で行われるレースを天皇賞(春)、
東京競馬場で行われるレースを天皇賞(秋)と呼んでいます。
歴史は歩古く、1905年にできた帝室御賞典が前身です。
中央競馬の伝統と格式があるレースであり、日本一を決めるレースということで、
再出走して負けた場合には天皇賞馬の威厳を損なうため、
1980年までは優勝馬の再出走が認められない「勝ち抜け制度」というのがありましたが、
1981年にこの制度は廃止されています。
歴史としての天皇賞は、当初帝室御賞典(春)として、
1938年に鳴尾競馬場のダート2700mの4歳馬(今の3歳馬)以上の
牡馬・牝馬定量の重賞レースとして開催されたのが始まりです。
1939年に、距離を3200mにして、出走資格を5歳馬(今の4歳馬)以上にしましたが、
太平洋戦争の影響で中止され1947年に再開されました(平和賞として)。
天皇賞の名称になったのは、1948年のレースからです。
1984年のグレード制施行に伴い天皇賞(春)、天皇賞(秋)は重賞G1に格付けされました。
1995年には指定レースに指定され、
2000年には外国産場の2頭までの出走枠が(2004年からは4頭)設けられました。
天皇賞は2007年には国際G1に格付けされています。
また、2008年から、出走条件を一部変更して、せん馬の出走が可能になり、
さらに前年度のメルボルンカップ優勝馬の招待が制度化されました。
秋華賞
秋華賞(しゅうかしょう)は、京都競馬場の芝内回り2000mで行われる
日本中央競馬会(JRA)が開催する、3歳(元の4歳)牝馬限定の重賞G1レースです。
秋華賞は、1996年に牝馬三冠の最終戦として人気があった
エリザベス女王杯に4歳馬以上の牝馬も出走できるようになったため、
新たな牝馬三冠の最終戦という意味合いで創設されました。
なお、牝馬三冠の桜花賞やオークス(優駿牝馬)とは異なり、
イギリスのクラシックレースに倣ったレースではないため
クラシックレースとしての位置づけはありません。
秋華賞レースへの出走資格はサラ系3歳(元の4歳)牝馬でJRA所属、
およびJRAの所定の条件を満たした地方所属馬と外国調教馬が9頭までとなっています。
なお第1回目から外国調教馬の出走が認められていたため、
外国馬の優勝がいくつかのレースで散見されます。
第1回のレースは、1996年に4歳(今の3歳)牝馬による
定量の混合レース・指定交流レースの重賞G1レースとして、
京都競馬場の芝内回り2000mで行われました。
2001年、馬齢変更に伴い、出走条件が4歳牝馬から3歳牝馬に変更されています。
2003年には負担重量が定量から馬齢重量になっています。
トピックスとしては、2008年のレースで大番狂わせが起きて
三連単の配当が重賞レースでは史上初の8桁配当(10,982,020円)となりました。
2009年に、秋華賞は混合レースから国際レースに変更され、
外国調教馬が参戦できるようになりました。
宝塚記念
宝塚記念は、日本中央競馬会(JRA)が開催する重賞G1レースで、
阪神競馬場の芝2200メートルで行われる人気レースです。
名前は宝塚市からつけられています。
このレースは有馬記念と同じようにファン投票で出走馬を決めることが前提になっています。
出走資格馬は、サラ系3歳馬(元の4歳馬)以上のファン投票とJRAが選出するJRA所属馬、
JRAに認定された地方所属馬および外国調教馬です。
ファン投票は1人1回で、ファン投票の上位10頭が優先的に出走できます。
レースはフルゲートで18等までの出走が可能です。
第1回目は1960年に阪神競馬場の芝1800mの4歳馬(今の3歳馬)以上の
定量重賞レース「宝塚記念」として行われました。
翌年距離を2000mに伸ばし、1963年には負担重量を別定に変更しました。
今の芝2200mになったのは1967年です。
1968年には出走資格が5歳馬(今の4歳馬)以上に変えられ、
負担重量も馬齢に変更されました。
その後、負担重量は1972年に定量に変更されています。
1995年、指定交流レースに指定され、地方所属馬が参加できるようになりました。
2001年には馬齢基準の変更により4歳以上から3歳以上になり、
同年国際重賞G1に指定されました。
2002年には外国調教馬の出走枠が8頭に拡大されています。
なお、負担重量は現3歳馬53kg、4歳馬以上58kg、牝馬は2kg減となっています。
フェブラリーステークス
フェブラリーステークスは、厳寒の二月に行われる中央競馬年初のGIダートレースです。
日本のダートは土というより砂主体のため、スピードよりパワーが要求されます。
アメリカと違い、砂主体の日本のダートでは、乾燥する冬は特にパワーが必要です。
そのため、ここ13年間勝利した馬はすべて牡馬で、牝馬にはややきついレースとなります。
芝のレースと違い、ダートで1600mという特徴に適した馬が最も有利となる展開です。
ここ3年はレースレコードが連発しており、非常にハイレベルな戦いとなっています。
逃げ・先行よりも、差し・追込みの馬が好成績を残しているフェブラリーステークス。
スピードと先行力が売りの馬よりも、直線での追込みが強い馬に注目する必要があります。
とはいえ、激しい追込みで勝利した馬が次走で凡退ということも多いため注意が必要。
前走レースは東京大賞典(大井)・平安ステークス(京都)・川崎記念(川崎)などです。
前走の成績や1600m以上のダートで勝っているか、連対に絡んでいるかも重要な要素です。
東京競馬場ダートコースの、最初の100m弱が芝という特徴に慣れている馬も有力です。
また、前年のジャパンダート(ダート1800m)での成績も大きなファクトとなります。
天候に左右されるダートで最も有利なのは、パワーと実力を持ち合わせている馬です。
大穴が来る可能性は薄いと言ってよく、ダートで強いと評判の馬が連対にからんでいます。
その点、比較的堅実なレース展開が多いと言えるでしょう。
