GⅠレースごとに予想する!

GⅠレースの競馬予想

GⅠレースの目次

有馬記念

有馬記念は、日本中央競馬会(JRA)が
中山競馬場の芝内回り2500mで開催する重賞G1レースで、
年末の荒れるレースとして知られています。

そもそもは1956年に中山競馬場の芝2600m(内回り)の4歳馬(今の3歳馬)以上の
馬齢重量の重賞レース、中山グランプリとして始まりましたが、
翌年の1957年に提唱者であった有馬頼義(ありま・よりちか)氏が急逝したため、
有馬氏の功績を称えて翌年からレース名が有馬記念に改められました。

有馬記念はファン投票レースとしても良く知られています。
ファン投票は1人1票で、上位10頭に優先的に参加権が与えられ、
フルゲート16頭の残り6枠は過去1年間の獲得賞金額などにより決定されます。

出走馬の負担重量は1957年に6歳馬(今の5歳馬)が4歳馬(今の3歳馬)と同じで、
牡馬・せん馬ともに54キロ、牝馬52キロになりました。

コースは1960年に芝2600m(外回り)に変更され、
1966年の馬場改修で現在の芝2500m(内回り)になりました。

出走馬の負担重量は1965年に5歳(今の4歳)の牡馬・せん馬が56キロ、牝馬が54キロに、
6歳(今の5歳)以上の牡馬・せん馬が55キロ、牝馬が53キロになりました。
なお、この年にシンザンが優勝して五冠を達成しています。

有馬記念は、1971年に混合レースに指定され、1984年のグレード制により重賞G1に格付けされました。
1985年にはシンボリルドルフが連覇を成し遂げると同時に7冠を達成しています。
なお、2001年に負担重量が馬齢重量から定重量に変更されています。

阪神ジュベナイルフィリーズ

阪神ジュベナイルフィリーズの正式名は、
農林水産省賞典阪神ジュベナイルフィリーズと言います。

阪神ジュベナイルフィリーズは日本中央競馬会(JRA)が
阪神競馬場の芝1600mで開催する重賞G1レースです。

第1回は、1949年に阪神競馬場の芝1200mの重賞レース、
阪神3歳ステークスとして開催されました。
翌年の1950年に別定重量51キロから別定重量52キロに変更されました。
出走条件は1957年に再び変更され、別定重量牡馬52キロ、牝馬51キロになりました。

1960年にはコースが芝1200mから芝1400mに変更され、
さらに1962には1400mから現行の1600mに改定されました。

1970年、出走条件が変更され、別定重量牡馬53キロ、牝馬52キロになっています。
1971年には出走条件が馬齢重量牡馬54キロ、牝馬53キロと増やされて、
同時に皇后レースに指定されました。

阪神ジュベナイルフィリーズは1984年のグレード制により
G1日本中央競馬会(JRA)格付けされています。
1991年に、出走条件が2歳(元の3歳)牝馬限定に変更され、
名称も阪神牝馬ステークスと改称されました。

1995年には特別指定レースに指定され、
2001年にレース名が現在の阪神ジュベナイルフィリーズになりました。
なお、同年に負担重量が54キロになりました。

また阪神ジュベナイルフィリーズは、その前身である阪神3歳ステークスの時から
関西出身馬の歴史的名馬の登竜門として良く知られているレースです。

ジャパンカップ

ジャパンカップの正賞は農林水産大臣賞や
アイルランド大使賞などを含んでいます。
ジャパンカップは東京競馬場の芝2400mで
日本中央競馬会(JRA)が開催する重賞G1国際招待レースです。

外国からの出走馬は、輸送費から関係者の滞日中の費用まで
全額がJRAによって負担されます。

1970年代から世界に通用する強い競馬馬の育成の声がありましたが、
なかなか実現しませんでした。
1981にこの夢が実現し、第1回ジャパンカップが東京競馬場の芝2400mで、
国際招待の混合特別指定レースとして開催されました。

その後、1984年にG1に格付けされ、
1985年に単勝1番人気のシンボリルドルフが日本馬として初の優勝を成し遂げました。
もうひとつ忘れられないのが2009年ジャパンカップを制した牝馬ウォッカです。

出走条件は、サラ系3歳以上で、負担重量は牡馬55kg、4歳以上の牡馬は57kg、
牝馬はそれぞれ2kg減となっています。

かつてのジャパンカップは日本馬がなかなか勝てなかったこともあり、
外国馬にとってはその高額賞金も魅力があるものでした。
しかし、その後、検疫が厳しくなったり、賞金の魅力も薄れてきて
ジャパンカップに登録する外国馬はやや減少の傾向をみせています。

なお、国際レースとして、外国馬の招待決定は例年10月から11月に行われています。
日本馬の出走権はレーティング上位5頭に優先権があり、
前年のジャパンカップ以後のG1で1着になった地方所属馬で獲得賞金が多い馬が1頭出走できます。

エリザベス女王杯

エリザベス女王杯は、京都競馬場の芝2200mで
日本中央競馬会(JRA)が開催する牝馬限定の重賞G1レースです。

当初はビクトリアカップと銘打って、
牝馬の菊花賞として1970年から行われていましたが、
1975年の英国エリザベス女王の来日を記念して、
翌年の1976年から新しくエリザベス女王杯として誕生しました。

その後、1995年の第20回までは京都競馬場で開催されていましたが、
1996年の秋華賞の新設でコース距離がそれまでの2400mから2200mに短縮され、
同時に牝馬の古馬も出走が可能になりました。

エリザベス女王杯の足跡を見てみますと、
1976年の京都競馬場芝2400mの4歳馬(今の3歳馬)牝馬限定、
負担重量55kgのレースとして開催されたのを皮切りとして、
1984年にはグレード制によりG1に格付けされました。
その後、1996年に、出走資格が4歳馬(今は3歳馬)の限定から4歳馬(今は3歳馬)以上の
牝馬に変更されています。

4歳馬(今の3歳馬)の負担重量も55kgから54kgに変わりました。
同年、コース距離も現在の芝2200mになりました。
1999年には国際レースの指定を受けています。

1996年にコースが2400mから2200mに短縮されたことで
牝馬の古馬も出走が可能になったことは、
古馬にとってはまたとないチャンスになりました。
なお古馬にとっては2006年の春に古馬牝馬限定のG1レースとして
ヴィクトリアマイルができたために、
牝馬の古馬が出走できる牝馬限定G1レースが毎年、春と秋にあります。

菊花賞

菊花賞は、「きくかしょう」とも「きっかしょう」とも読まれます。
菊花賞は、日本中央競馬会(JRA)が京都競馬場の芝3000mで開催する重賞G1レースで、
正賞には内閣総理大臣賞が含まれています。

1938年に4歳馬(今は3歳馬)の牡馬・牝馬による定量の重賞レースとして
「第1回京都農林省賞典4歳呼馬」が創設されて
京都競馬場の芝3000mで行われたのが始まりです。

その後、1940年に定量を牡馬57kg、牝馬55.5kgに変更しました。
以降、太平洋戦争をはさんで名称は、
京都農商省賞典4歳呼馬」、「長距離特殊競争」、「農林省賞典4歳馬」と
3回も変更されていますが、1948年に現在の「菊花賞」と改称されています。

菊花賞は1984年のグレード制の導入により重賞G1に格付けされました。
1995年には指定交流レースの指定を受けました。
2001年からは制限付きながら外国調教馬が3頭まで出走可能になりましたが、
翌年この枠は5頭に拡大されています。
2003年からは負担重量を定量から馬齢重量に変更しました。

また、牡馬クラシック三冠レースには、それぞれ特徴がありますが、
菊花賞はその中でも最もコース距離が長い3000mを走りぬくレースなので、
「最も強い馬が勝つ」というキャッチフレーズがつけられています。

出走資格は、サラ系3歳(元の4歳)牡馬・牝馬のJRA所属馬、
JRA所定の条件を満たした地方所属馬と外国調教馬が5頭までです。

<前の5記事 1  2  3  4  5

本気で勝ちたい人向け!競馬予想サイト!

当サイト一押しの「本気で勝ちたい人」におすすめの競馬予想サイト!

競馬予想

脅威の的中率で確実に勝ちたいなら‥

あなたは競馬をギャンブルだと考えていませんか?競馬というのはデータを収集すれば「勝ち馬」を予想できます。 「競馬応援サイトファーム」の驚異のデータ力から生み出される的中率は実績が全てを物語っています。

【 ⇒競馬は投資!「競馬応援サイトファーム」はコチラ 】


競馬予想

三連単の的中率は抜群!一攫千金を狙え!

万馬券を狙うなら「勝馬DX」で決まり、と言われているほど競馬マニアたちの間では有名な情報サイトです。 最新的中結果を見れば、すぐに納得してもらえるでしょう。結果が全てを物語る!

【 ⇒万馬券を狙うなら!「勝馬DX」はコチラ! 】


競馬予想

万馬券の「買い目」情報を無料提供中!

「みんなの予想」は競馬予想のプロも自分の予想と併用して使っているサイトとして密かに有名! 三連単の当たり具合は日本でトップの競馬予想会社!一発大儲けを狙うのならココで決まりです。

【 ⇒一攫千金!「みんなの予想」はコチラ! 】