金鯱賞
金鯱賞は、JRA開催で、名古屋の中京競馬場の芝2000mで行われるレースです。
名前の由来は名古屋城の金の鯱から取られており、中央競馬の重賞競争(G2)です。
このレースの歴史は古く、1965年に4歳以上で別定重量の重賞競争として創設されました。
第1回は、中京競馬場の砂1800mで11月に行われました。
翌年からはレースの時期を7~8月の真夏変更し、ハンデキャップとなりました。
1969年には、開催時期を変更し、それと一緒に資格を5歳以上に変更しました。
金鯱賞は、1970年に中京競馬場の工事で、一時、小倉競馬場で開催されました。
小倉競馬場では、博多ステークスというレース名で行われました。
その後1971年に中京競馬場の芝コースが完成した為、元に戻りました。
資格を4歳以上に変更し、中京競馬場の芝コースで1800mのレースとなりました。
この金鯱賞が、中京競馬場ので行われる中距離レースの重賞の最高峰です。
次の競争は、天皇賞、安田記念、と肩を並べ、次の宝塚記念へのステップとなっています。
資格は、サラ系で3歳馬以上、JRA所属及び外国場9頭と定められています。
負担重量はグレード別、3歳が52kg、4歳が57kg、牝馬は2kg減が基本となっています。
牝馬限定のG1優勝馬を除くG1入賞馬は2kg、牝馬限定は1kgの負担です。
ただし、グレード・グループ優勝の2歳馬は対象外です。
総額賞金は1億2200万円で、1等賞金6,400万円のレースです。
スプリングカップ
京王杯スプリングカップとは呼ばれていますが、
正式名称は京王電鉄株式会社賞です。
優勝杯を提供する京王電鉄から冠名が取られています。
東京競馬場での芝1400mで、中央競馬の重賞は、JRAの開催レースとなっています。
マイラーズカップ、ダービー卿チャレンジトロフィーと同じ安田記念の前哨戦です。
マイラーズカップなどよりも早くから、たくさん優勝馬を出しています。
第2回ではヘキラクが5着といい成績を残せませんでした。
また、第6回では、ホマレボシが3着となっています。
その他は、6頭が安田記念で優勝をしています。
1981年に前哨戦に位置づけられてからは、第28回では、キヨヒダカが3着になりました。
その他第29回に優勝をしたパッピープログレスなどです。
このスプリングカップはサラ系の馬で4歳馬以上で、JRAに所属した競走馬が出走条件です。
地方所属の競走馬は2頭までと、外国馬が9頭までとされています。
重量負担の方はグレード別に決められており、牝馬に関しては2kgの減が基本です。
そのほか、牝馬限定のG1優勝馬いがいのG1優勝馬は2kgと定められています。
また、牝馬限定のG1優勝馬馬は1kgと決められています。
グレード・グループ優勝の2歳馬は対象外になります。
賞金の総額は、1億1,400万円で、1着が6,000万円、以下5着が600万円となっています。
現在のスプリングカップの優勝レイの色は赤色の生地に銀の文字です。
青葉賞
青葉賞は、日本中央競馬会(JRA)が開催する芝2400mの重賞(Jpn2)の競争です。
東京競馬場での芝2400mとして開催されています。
この競技はテレビ東京が優勝杯を提供している事で、正式にはテレビ東京杯です。
東京競馬場の芝2400mの4歳馬限定のダービー指定オープン特別競争です。
後の1984年から始まるクラッシク競争であり、東京優駿の前哨戦として始まりました。
競技名は繁栄と言う意味で青葉賞と名づけられました。
三着入賞の国産場のみに出場権が与えられた。
この競技は、プリンシパルステークス、京都新聞杯と並んで東京優駿の前哨戦とされている。
皐月賞から直接と、NHKマイル経由の馬が好走するようです。
この競技からの出走馬は、1984年の創設から1度も東京優駿で優勝した事はありません。
その後第9回大会で、シンボリクリスエスが、2着に入賞しました。
第10回大会では、ゼンノロブロイが2着入賞しています。
その後もその年度の代表場に選ばれるような活躍をしました。
この事から、ダービートライアルとして注目を集める事になったのです。
この、青葉賞の出走の資格は、3歳のJRA所属、地方所属の競走馬です。
負担重量の方は、馬齢では56kg牝馬は54kgです。
この青葉賞の総合の賞金は、1億350万円1着が5400万円から5着の540万円まで支払われます。
この、青葉賞のレイの色は青色に黄色文字でし。
それに、文字が丸文字で書かれているという珍しいデザインになっています。
マイラーズカップ
読売新聞が優勝杯を提供している競走が、マイラーズカップです。
正賞は読売新聞社賞といい、正式名称は読売マイラーズカップと言います。
これも、日本中央競馬会(JRA)が開催しているものです。
阪神競馬場の芝1600mで行われているレースです。
1970年に、ハンデキャップの重賞競争として始められました。
第1回は、現在と同じ阪神競馬場の芝1600mで行われています。
当初は天皇賞の前哨戦として位置づけられていました。
実際には安田記念の前哨戦のようで、このレースは安田記念を目標にしています。
1400m以下の競争を適正としないマイラーが始動する競争です。
京王杯スプリングカップチャレンジトロフィーなどと同様に安田記念の前哨戦です。
ハッピープログレスなど1984年に4着に敗れた安田記念の優勝馬が多く出された。
安田記念の優勝馬ノースフライトが1994年にでたのが最後でその後は出ていない。
アサクサンデンエンが、2005年に3着に敗れたが、11年ぶりに安田記念で優勝した。
ダンスインザムードがこれをステップにして、ヴィクトリアマイルで優勝した。
出走資格は、サラ系4歳以上JRA所属、地方所属の競走馬、外国馬です。
マイラーズカップの負担重量、グレード別定で、57kg、牝馬2kg減を基本とします。
牝馬限定のG1優勝馬を除くG1入賞馬は2kg、牝馬限定は1kgの負担。
ただし、グレード・グループ優勝の2歳馬は対象外となっています。
ニュージーランドトロフィー
ニュージーランドトロフィーの正式名称は、
ベイオブプレンティレーシングクラブ賞です。
中山競馬場の芝の外回りで行われているレースです。
ニュージーランドの競馬団体から、賞杯を1971年に寄贈されました。
杯の交換として、東京競馬場の芝1600mの4歳馬の混合の競争をしたのが始まりです。
これも、日本中央競馬会(JRA)が開催する重賞レースです。
1983年に東京競馬場の芝1600メートルの4歳牡馬・牝馬限定混合馬齢の重賞となります。
ニュージーランドトロフィー4歳ステ-クスとして新設されました。
1984年にはG21に格付けされました。
1987年にはG2に格上げされニュージーランドトロフィーは競走馬の最大の目標となります。
それらの馬は、東京優駿や、優駿牝馬の4歳の競走馬です。
それにクラッシク登録できない外国馬の最大の目標となりました。
日本ダービーやオークスに出れない馬が多く出場しました。
NHKマイルカップのトライアルレースとしての位置づけとなっています。
主走資格は、サラ系3歳JRA及び地方牡馬と牝馬、それと外国馬です。
また、負担重量牡馬56kgで牝馬は54kgと定められています。
総額賞金は1億250万円で、1着5,400万円、2着は、2,200万円、3着1,400万円です。
他のレース同様、5着まで賞金があります。
上位3着までの入賞者にはNHKマイルカップの優先出走権が与えられます。
現在のレイの色は青地に銀文字です。
日経賞
日本中央競馬会(JAR)が開催している競馬で日経賞があります。
中央競馬の重賞(G2)競争の1つで、中山競技場の芝2500mを使って開催されます。
優勝杯を提供する日本経済新聞の略称で日経と言うところから冠名がつけられています。
日本経済賞として創設され1953年に5歳以上の別定の重賞競争として始まりました。
第1回は6月に中山競馬場の芝3200メートルで、現在とは違います。
1956年は、中山競馬場の改修工事のため、東京競馬場の芝3200mで開催されました。
1958年に2600mに変更されています。
1964年に中山競馬場の改修工事のため東京競馬場の芝2500mで行われました。
1966年も同じく東京競馬場の芝2600mで開催されました。
1967年には距離を2500mに変更しました。
1984年に開催時期の変更をし、現在では関東での天皇賞の前哨戦と位置づけられています。
馬は三浦だけではなく、栗東からも出場していいます。
第32回に出場したモンテファスト等、多くの馬が天皇賞で優勝を果たしました。
1979年には日経賞に変更し福島競技場の芝2400mに変更となりました。
1981年にはまた、開催地が東京競馬場に移っています。
出走資格はサラ系4歳以上、JRA及び地方所属の競走馬です。
外国馬負担重量は、グレード別定で4歳馬56kg、5歳以上57kgとなっています。
牝馬限定のG1優勝馬を除くG1入賞馬は2kg、牝馬限定は1kgの負担です。
ただし、グレード・グループ優勝の2歳馬は対象外と定められています。
総額賞金は1億2,200万円で、1着6,400万円、5着まで640万円です。
スプリングステークス
スプリングステークスとは、名前の通り春に行われる競争です。
中山競馬場のしば1800mで施行されます。
正式な名称はフジテレビ賞スプリングステークスといいます。
中央競馬会(JRA)が開催をする重賞(jpn2)です。
優勝杯のほうはフジテレビが提供しています。
1952年にクラッシク競争の皐月賞の前哨戦として開催されました。
スプリングステークスとして、4歳牡馬、牝馬限定別定重賞競争です。
東京競馬場の芝1800mとして開催され、1995年には特別指定交流競争に指定されました。
そして地方所属の競走馬も出る事が出来るようになったりのです。
また、皐月賞も外国場が出る事が出来るようになりました。
この事により、混合競争に指定され、2003年からは負担重量を馬齢に変更しています。
数ある皐月賞トライアルの中では1番歴史があります。
弥生賞と共に皐月賞の重要な前哨戦となるレースです。
出場した多くの馬がG1競争で優勝しています。
出走資格は、サラ計3歳、JRA所属の牡馬、牝馬、地方所属の競走馬です。
負担重量は馬齢重量で、牡馬は56kg、牝馬は54kgと定められています。
総額賞金は1億250万円で、優勝馬,5600万円、5着まで,540万円です。
上位3着までの入賞の競走馬には皐月賞の優先出走権が与えられます。
優勝レイの配色は赤色地に銀文字です。
協賛しているフジテレビの、目玉のマークも描かれています。
競馬中継ではフジテレビ賞と呼ばれる事もあります。
弥生賞
報知新聞社が優勝杯を提供している競争は、
弥生賞で旧暦の3月から付けられました。
中山競馬場の芝2000mで施行される中央競馬会の重賞(Jpnll)競争です。
開催は日本中央競馬協会(JRA)です。
この弥生賞は、1960年~1963年に行われた東京記念の継続施行です。
クラッシク競争として1964年に行われた皐月賞の前哨戦で4歳馬の別定の競争でした。
弥生賞となってからは、第1回目は東京競馬場ではなく、中山競馬場で行われています。
次の年には東京競馬場へと移り、行われました。
東京競馬場の改修工事で、再び、1968年に中山競馬場へ帰ってきたのです。
この競争の負担重量は1971年から馬齢重量に変更されました。
皐月賞と同じ条件で行われているため3歳牡馬の有力な馬が出るようになりました。
皐月賞だけではなく、牡馬三冠を見定める、大切な競争となったのです。
1995年には指定交流競争に指定され、地方地方の競走馬も出走可能となりました。
皐月賞トライアルにまで指定されたが、1997年に混合競争から除外されてしまいました。
その後、出走資格が見直され、外国馬による活躍が見られるようになったのです。
また、2002年には外国産場が皐月賞へ出れる様になりました。
そのため、又混合競争に指定され、その年だけは、負担重量が定量にされました。
出走資格は、サラ系3歳JRA所属及び地方所属と定められています。
賞金総額は、1億250万円で、1等賞金5400万円、5着まで540万円です。
3位までは、皐月賞の有走出走権が与えられるレースです。
京都記念
農林水産省賞典京都記念は、京都競馬場で行われる、
中央競馬の重賞(G2)レースです。
この歴史も古く、1942年に重鎮競争京都記念として行われました。
京都競馬場のハンデキャップの芝3500mが始まりとなっています。
このレースは春と秋に行われ、春は条件が5歳以上、秋は4歳以上と決められていました。
長い間このレース場で行われてきましたが、1994年に別定の芝2200mと変更されています。
1996年には地方所属の旗手の参加が出来るようになっています。
また、2005年には混合競争から国際競争に変更になりました。
関西圏では日経新春杯に継ぐ春のG2競争です。
しかし負担重量が別定で、G1級の有力馬が年明け初として出走する馬も多くなっています。
ここから、阪神、大阪杯をステップに天皇賞へという事が多いのが特徴です。
京都記念の出走条件は、サラ系4歳以上のJRA所属、出走登録を行った外国調教馬です。
負担重量は、別定重量と定められています。
2007年迄は賞金別定だったが、2008年からはグレード別定重量の変更されました。
4歳は56kg、5歳以上は57kg牝馬は2kg減、を基本としています。
牝馬限定のG1優勝馬を除くG1入賞馬は2kg、牝馬限定は1kgの負担です。
ただし、グレード・グループ優勝の2歳馬は対象外とされています。
総額賞金は1億2100万円です。1着賞金6400万円から5着賞金640万円と決められています。
現在のレイは、緑地に銀色文字となっています。
日経新春杯
京都競馬場で、新春に行れる芝2400mの重賞(G2)は日経新春杯です。
主催は中央競馬協会(JRA)で行われます。
レースの冠名は、日本経済新聞が優勝杯提供で付けられました。
この競技は古く、1954年に日本経済新春杯として始められました。
その後、1979年に今の名前に変更された。
1984年にはG2に格付けされ、3年後の1987年からは、芝外回り2200mと短縮されました。
しかし、1995年には、また元に戻されたのです。
その歴史の中で、1980年と1994年だけは、阪神競馬場で行われました。
なぜか1984年にはダート2600mで行われています。
2006年からは国際競争となり、長距離の馬が、このレースを起点とするようになりました。
同時期に開催の、アメリカジョッキークラブカップ、京都記念は、別定重量の競技です。
しかし、日経新春杯は、ハンデキャップ協議とは区分されました。
1978年、当時1番人気のテンポイントが、故障をし競技が中止されたのです。
この競技は海外に遠征の壮行戦で、負担重量が66.5kgでした。
テンポイントは、この年の3月に死亡しています。この馬は、今でも語られます。
競馬ファンは日経新春杯と言えばテンポイントという人が多いでしょう。
競走馬はサラ系4歳以上で、JRAの競走馬で1回以上出場と定められています。
外国馬は8頭で、負担重量はハンデキャップとなっています。
賞金は1億1050万円で、優勝の5800万から、5着までです。
優勝のレイは現在は紫に黄文字です。
東海ステークス
東海ステークスは3歳以上の馬たちで行われるダート2300mのG2戦です。
中京競馬場で開催され、優勝賞金は1着5500万円となっています。
JRA所属馬及び地方所属馬や外国調教馬が出走可能です。
東海テレビ放送が優勝杯を提供しており、正式名称は東海テレビ杯東海ステークスです。
ダートの重賞競走の中で最も距離の長いレースです。
フェブラリーSがG1に格上げされる前はダート戦の中でも最も格のあるレースでした。
しかし近年ダート戦線のレースも改革が進みダートG1レースも増えました。
ダート専門馬のためのダート重賞レースが充実化してきたのです。
春はフェブラリーS、秋にはジャパンカップダートが開催されています。
いずれもダートチャンピオンを決めるG1レースです。
このため現在は、帝王賞(地方G1)などの前哨戦として位置付けられています。
東海ステークスはダート重賞においては唯一別定重量として行われるレースです。
負担重量は3歳馬は51キロ、4歳以上の馬は57キロが基本です。
牝馬は2キロ減量が基本のため、55キロの負担重量になります。
さらに牝馬限定のG1優勝馬以外のG1優勝馬の場合は2キロ増になります。
ダート戦というのは、芝の競走よりも持久力とスタミナを必要とします。
そのため、ダート戦の長距離は血統的にも非常に底力のある馬でなければ好走できません。
そうした中で59キロを背負う馬は、より過酷なレースを強いられると言えます。
京都新聞杯
京都新聞杯は3歳限定で行われる芝外回り2200mのG2戦です。
京都競馬場で開催され、優勝賞金は1着5400万円となっています。
JRA所属馬及び地方所属馬や外国調教馬が出走可能です。
京都新聞社が優勝杯を提供しており、競走名はこの社名から取られています。
かつては菊花賞(牡馬クラシック最終戦)の前哨戦という位置づけのレースでした。
しかし競馬レースの重賞改革が進み、菊花賞トライアルから指定が外されました。
そして2000年からは開催が4月に移りました。
現在では日本ダービーを目指す牡馬たちによるステップレースという位置付けです。
日本ダービーの正式な優先出走権レース(トライアルレース)ではありません。
しかし上位2着までに入った地方所属馬には日本ダービーの優先出走権が与えられます。
トライアルレースではないものの、日本ダービーへ向けた非常に重要な前哨戦です。
日本ダービーの前哨戦には青葉賞(芝2400m)やプリンシパルS(芝2200m)があります。
京都新聞杯は日本ダービーの前哨戦としては最後のレースにあたります。
そのため「日本ダービーへの最終東上便」といったフレーズで呼ばれたりもします。
同レースを勝ったあとに日本ダービーを制した馬はアグネスフライト1頭だけです。
日本ダービーは皐月賞(牡馬クラシック第一弾)からの直行する馬がやはり強いのです。
京都新聞杯の負担重量は牡馬は56キロ、牝馬は54キロが基本です。
フローラステークス
フローラステークスは3歳牝馬限定で行われる芝2000mのG2戦です。
東京競馬場で開催され、優勝賞金は1着5200万円となっています。
JRA所属馬及び地方所属馬や外国調教馬が出走可能です。
産経新聞社が優勝杯を提供していて、サンケイスポーツ賞フローラSとも呼ばれます。
牝馬クラシック第2弾オークスのトライアルレースであり重要な位置を示すレースです。
3着まで入った馬にはオークス優先出走権が与えられます。
そのため優先出走権を求めて例年多くの馬の出走登録があります。
近年の東京競馬場は芝が高速馬場になり早いタイムが続出しています。
東京競馬場の芝2000m戦はスピードと瞬発力とスタミナが問われるコースです。
クラシック第一弾の桜花賞は阪神競馬場の芝1600mで行われスピード資質が問われます。
しかしオークスは東京競馬場の芝2400mで行われます。
オークスはよりスタミナと持久力が試される舞台でもあります。
東京競馬場の芝2000mで実施されオークスと繋っています。
しかしデータ的には桜花賞からの直行する馬のほうがオークスでは好走例が多いです。
近年ではレディパステルだけがフローラステークスからオークスに進み優勝しています。
もう一つのオークストライアルにスイートピーステークスがあります。
ただスイートピーステークスはグレードレースではなく普通のオープン特別戦です。
そのためフローラステークス組の馬のほうが本番のオークスでは人気になります。
しかし最も支持を集めるのは桜花賞で上位に好走した馬たちです。
阪神牝馬ステークス
阪神牝馬ステークスは4歳牝馬以上の馬たちで行われる芝1400mのG2戦です。
阪神競馬場で開催され、優勝賞金は1着5500万円となっています。
JRA所属馬及び地方所属馬や外国調教馬が出走可能です。
産経新聞社が優勝杯を提供しており、サンケイスポーツ杯阪神牝馬Sとも呼ばれます。
上位2着までに春のヴィクトリアマイル(G1)の優先出走権が与えられます。
現在は4月に開催されていますが、かつては12月開催で実施されていました。
暮れの古馬牝馬の最強馬決定戦として定着していたレースでもありました。
しかし11月に開催されるエリザベス女王杯(G1)が古馬にも開放されました。
このため現在ではエリザベス女王杯のほうが実質古馬牝馬の最強馬決定戦です。
そうした背景もあり阪神牝馬ステークスは12月から4月開催へと変更されました。
近年、春の最強牝馬決定戦であるヴィクトリアマイル(G1)が開設されました。
このため、ヴィクトリアマイルの前哨戦として定着してきました。
もう一つの前哨戦としては福島牝馬ステークスがあります。
ヴィクトリアマイルには前年の牝馬クラシックホースなども集います。
そして福島と阪神の前哨戦を好走してきた馬たちとヴィクトリアマイルで激突します。
近年では牝馬重賞戦線が改めて見直され、非常に多くのレース改革が進んでいます。
特に古馬牝馬たちが出走できる重賞レースがより豊富になってきたのです。
そうしで面からも阪神牝馬ステークスの位置づけは重要なものと言えるでしょう。
産経大阪杯
産経大阪杯は4歳以上の馬たちで行われる芝2000mのG2戦です。
阪神競馬場で開催され、優勝賞金は1着6400万円となっています。
JRA所属馬及び地方所属馬や外国調教馬が出走可能です。
産経新聞社が優勝杯を提供しており、正式名称は産経大阪杯と呼びます。
その歴史は古く1957年から重賞競走として開催されています。
京都の芝3200mで開催される天皇賞(春)の前哨戦として非常に重要な前哨戦です。
天皇賞(春)の前哨戦としては、ほかに阪神大賞典(3000m)と日経賞(2500m)があります。
産経大阪杯は2000mのため距離的には中距離にあたります。
中距離のG2レースということから中距離タイプの一流馬も多く出走します。
そのため天皇賞だけでなく安田記念や宝塚記念のステップレースともなっています。
近年出走した代表馬の例にダイワスカーレットやディープスカイが挙げられます。
ダイワスカーレットとディープスカイはいずれもクラシックを制覇した一流馬です。
ディープスカイはその後、安田記念と宝塚記念の二つのG1に出走しました。
このようにクラシックホースや各G1級の有力馬が揃うレースになっています。
大阪杯の負担重量はグレード別定であり牡馬は57キロ、牝馬は55キロが基本です。
さらに牝馬限定のG1優勝馬以外のG1優勝馬の場合は2キロ増の59キロです。
こうした負担重量制のため59キロを背負う馬は最も厳しいレースとなるでしょう。
阪神大賞典
阪神大賞典(はんしんだいしょうてん)は中央競馬、重賞競走のG2レースです。
もともとは1952年に4歳(現3歳)以上のハンデキャップ重賞競走でした。
阪神競馬の芝2000mとしてスタートしました。
阪神大賞典は、中央競馬の重賞競走のG2レースです。
正賞は兵庫県知事賞と京阪神不動産株式会社賞があります。
阪神大賞典の出走資格はJRA所属の競走馬、地方所属の競走馬は2頭までとなっています。
また、外国調教場は8頭までとされています。
阪神大賞典の負担重量は1955年に別定に変更しました。
現在の負担重量は、別定で、4歳は56キロ、5歳以上は57キロと定められています。
また、牝馬はマイナス2キロが基本とされています。
牝馬限定G1優勝馬は除く、過去1年以内のG1優勝馬は2キロの負担です。
1年より過去のG1優勝馬は1キロ負担になっています。
牝馬限定G2は除く、牝馬限定G1ならび、G2優勝馬は、1キロの負担と定められています。
ただし、2歳時のグレード・グループ優勝馬は対象外とされます。
総額賞金も規定があり、その総額は1億2,330万円となっています。
1着が6,500万円、2着が2,600万円です。さらに3着が1,600万、
4着が980万、5着が650万円と決められています。
G2長距離重賞レースであるため、天皇賞の前哨戦として注目を集るレースです。
これは、芝2000mの大阪杯の2重賞であるためになります。
そして、春の天皇賞に一番近いレースだからといえます。
フィリーズレビュー
フィリーズレビューは、報知新聞社提供の日本中央競馬会で行われる、競馬レースです。
正式名称は報知杯フィリーズレビューといいます。
英語の「フィリーズ」とフランス語の「レビュー」を合わせた造語です。
このレースの名前には、「牝馬たちの舞台」という意味があります。
フィリーズレビューは、阪神4歳牝馬特別として創設されました。
1967年の牝馬限定のクラシック競走の、いわば前哨戦の位置付けとしてスタートしました。
今では、桜花賞の前哨戦としては最も高い格付けのGツーレースとされています。
また、桜花賞と同じ阪神競馬場で行われています。
このレースで入賞すれば、クラシック競走の桜花賞の出走権を優先的に与えられます。
しかし、優先出走券の取得には上位3着までに入賞しなければなりません。
桜花賞だけではなく、チューリップ賞やフラワー賞のステップレースとしても有名です。
出走資格馬齢はサラ系3歳(旧4歳)となっています。
JRA所属の外国馬を含む牝馬競走馬も出場資格があります。
地方所属の競走馬は2頭まで出馬が可能です。
阪神競馬場で開催されるのは、芝内回りで1400メートルです。
中央競馬の重賞レースで、負担重量は馬齢体重で54キロと決められています。
総額賞金は9,300万円で、1着賞金が5、200万円です。
つづいて、2着が2,100万円、3着1,300万円です。
そして、4着賞金が780万円、5着賞金が1,300万円となっています。
中山記念
中山記念とは、日本中央競馬会(JRA)による中央競馬です。
中山記念は、重賞(G2)競馬で、1936年の秋に中山競馬場で始まりました。
最初のレースは、ハンディキャッップレースで、芝3200m長距離重賞競走でした。
レースの名前は、中山競馬場に由来されて付けられたという事です。
始まった当時は、秋のレース、春のレースと年2回行われていました。
しかし、1951年、秋の26回のレースから年2回のレースは廃止。
現在では、年に1回だけ行われています。
伝統そして格式ある中山記念は、天皇賞や安田記念といったレースで人気があります。
また、春のG1レースをねらう、重要な、まさにステップレースといえるでしょう。
さらには宝塚記念を目標にする有力馬も出馬する事もあり、
国際競走に指定されています。年々変わる、出走馬の年齢は5歳(現4歳)の時や、
4歳(現3歳)の時もありました。
出走距離も、芝3200mから芝1800m、の間で何度も変更しています。
今日のレースでの出走資格はサラ系4歳(旧3歳)以上。
JRA所属の競走馬、外国調教場は8頭までと決められていています。
出走距離は芝1800m。1948年のみ、芝3400mでレースが行われた事もありました。
現在では、外国産馬が出走可能な混合競争に指定されています。
そして、地方所属の騎手が騎乗する事が許されています。
1984年からは日本でのグレード制導入により、G2に格付けされています。
アメリカジョッキークラブカップ
アメリカジョッキークラブカップとは、
中央競馬の重賞(G2)競走のことをいいます。
日本中央競馬会(JRA)が、中山競馬場の芝外回り2200mで行われています。
新聞や広報関係では、AJC杯とかAJCCというふうに略称で表されていることが多いです。
ニューヨークジョッキークラブから、
1960年に優勝杯を日米の友好として贈呈されました。
使用する競馬場や距離は、創立後、何度も変更がありました。
東京競馬場で1996年と2002年に施行した以外は、中山競馬場が定着した施行場です。
G2に1984年に格付けされると同時に、現在の走行距離も確定されました。
同年、芝コースの積雪により馬場がダート1800mに変更になりました。
しかし、グレードの取り消しは当初のルールに基づき行われませんでした。
アメリカジョッキークラブカップは、2006年からは国際競走に認定されています。
関東エリアでは年始の最初の芝、G2競走となっています。
前年度の有馬記念や中山金杯等で調子が上がってきている馬が多く出馬傾向にあります。
また、春季に行われる中、長距離競走に向けて始動する一つのポイントにもなっています。
第28回のミホシンザンなど、各回の優勝馬が天皇賞などを制しています。
アメリカジョッキークラブカップの出走条件は、サラ系4歳(旧5歳)以上となっています。
また、JRA所属の競走馬であり外国調教馬は8頭までということになっています。
阪神カップ
阪神カップは2006年よりJRA(日本中央競馬会)が阪神競馬場で開催されています。
GⅡのグレードでは珍しい距離1400mの短距離競争です。
グレードはGⅡですが、負担重量が実績に左右されない定量戦です。
また短距離を得意とするマイラー・スプリンターの活躍のために新設された大会です。
出走の資格は、3歳以上で、規定体重以上の競走馬が対象資格になります。
認定を受けている地方の競走馬と、外国の調教場どちらも数の制限はあります。
阪神カップはアメリカ・アーリトンパーク競馬場との交換競争として行われています。
交換競争とは姉妹都市であったり親善目的のために行う競争です。
また様々な路線からバラエティに冨んだ馬たちが集まって来ます。
このレースはまだ歴史は浅いですが、大きな大会ではあります。
しかし、年末の大会だけあって競走馬は年内最終戦に香港国際競争に進みます。
ですが過去には有名な武豊騎手もこの大会を制しています。
2006年と2008年現役時代天才と呼ばれた父を持つ福永祐一騎手が制してます。
2007年には格付けがJpnⅡに変わりました。がしかし2009年にはGⅡと格付けを戻されました。
賞金総額は1億3400万円とGⅡグレードの中で最高の賞金額となっています。
1着7000万円、2着2800万円、3着1800万円です。
冬の短距離競争といえば、阪神カップと今では大分定着しています。
スプリンター・マイラーのバラエティ豊なレースはやはり阪神ではこの大会が注目です。
ステイヤーズステークス
ステイヤーズステークスは名前の通りステイヤーの馬を対象にしたレースです。
現在はステイヤーズステークスが障害レースを除けば最長距離の競走です。
距離は3600mで、レースはスピードやスタミナ配分を意識してスローペース傾向が目立ちます。
近年では、世界的に長距離レース数の減少に伴い、有力馬の出走は減少傾向にあります。
また長距離は大量のスタミナを消耗するので、馬の疲れが残りやすいと言われております。
ですから有力馬の有馬記念のステップレースとしての出走は回避する傾向にあります。
近年ではこのレースの優勝馬が有馬記念で好走することは少ないです。
ステイヤーズステークスの傾向としては馬のステイヤー適正が重要です。
前走での長距離経験がある馬、具体的には2400m以上の連体実績が重要になってきます。
まず2000m以下のレースをメインに出走している馬は不安が残ります。
また有力馬を含め長距離初出走の場合も割引材料となります。
全体的に中山開催の場合は、ゴール前の坂があるので中山の実績も判断材料の一つです。
つまり長距離実績があり中山での連体率の高い馬がベストです。
長距離は騎手で買えとの格言があります。
長距離レースは騎手の腕によるペース配分が重要です。
リーディングジョッキーや外人ジョッキーの鞍乗は好材料になってきます。
近年では先行場の活躍が目立ち、切れる末脚よりも、全体的に前にいる馬が有力です。
以上の判断材料で総合的に馬券を購入するのがベストと言えます。
京王杯2歳ステークス
現在の京王杯2歳ステークスは、
元は京成杯3歳馬ステークスとして行われていました。
京成杯3歳馬ステークスが創設されたのは、1965年のことです。
創設当時は、中山競馬場で京成杯3歳馬ステークスが行われていました。
現在は日本中央競馬会が東京競馬場の芝1400mとして行う、2歳馬限定の重賞レースです。
正式な正賞は京王電鉄株式会社賞と言います。
京王電鉄より優勝杯を提供していただいている所から、冠名が取られています。
京王電鉄は、競馬場に一番近い電車の駅に、乗り入れをしている公共交通でもあります。
1980年から東京競馬場に場所が移りそれから現在までが定番化しています。
東京競馬場の改修工事が行われていたときは、古巣である中山競馬場で行われました。
グレード制施行が行われた1984年には、GIIに格付けされています。
また1989年には、混合レースに指定されています。
1998年にら京王杯3歳ステークスに、レース名を変更しています。
2001年から馬齢表示の基準変更のため、参加できる条件も変更されました。
それに伴い、京王杯2歳ステークスとレース名も変わっています。
京王杯2歳ステークスは、朝日杯3歳ステークスの前哨戦と位置づけられています。
今までに10頭以上が、同年の朝日杯3歳ステークを制覇しています。
1996年、1997年に優勝のマイネルマックスとグラスワンダーがGIを制していいます。
2003年優勝のコスモサンビームもGIを制したうちの1頭です。
アルゼンチン共和国杯
中央競馬の重賞レースの中では、
ただ1つだけスペイン語表記となっているものがあります。
1963年に創設されたアルゼンチンジョッキークラブカップ(ARJC杯)という競争です。
公式外語表記にはCopa Republica Argentinaと言う名称で表記されています。
正式にはアルゼンチン共和国社会福祉賞といいます。
この競争は、初めは春の東京競馬場の芝2300mで施行されていました。
その後は、色々と競馬場や距離も変更されています。
1972年から同じ東京競馬場で、距離だけが2400mで一時期定着をしていました。
3年後には主催者が、国に変更をされたのをきっかけにレース名が変更となりました。
そして現在の、アルゼンチン共和国杯となったのです。
1984年から秋季競争となり、秋の目黒記念の条件でGIIに格付けされました。
この競争はGIIであるにも拘らずに、ハンディーキャップ競争で行われます。
それと同時に名称の方は現在のアルゼンチン共和国杯と改称されました。
天皇賞からもれた馬が出走される事がよくあります。
ただ、GIクラスの馬はほとんど出走しません。
その後の、ジャパンカップ、有馬記念などに挑む馬がよく出ています。
優勝馬が、その後のジャパンカップ出見事優勝を勝ち取った事などもあります。
一時期この競争は、レースレーティングがGIIの規定に準じていないとされていました。
しかし、2009年からは元に戻ってGIIレースとなっています。
スワンステークス
京都競馬場で行われているレースの中に、
何とも面白い名前の由来があるものがあります。
このレースは、1968年にオランダから輸入された白鳥にちなんで付けられたものです。
京都競馬場の内馬場にある池を泳ぐ景色を見て、スワンステークスとなったわけです。
正式名称は、毎日放送賞スワンステークスで、毎日放送から贈答品などが渡されています。
この競争は、京都競馬場の芝外回り1400mで行われる重賞競馬です。
色々な条件や時期などを良く考えられているレースです。
大変大事なレースである、マイルチャンピオンシップの前哨戦に位置づけられています。
この競馬はサラ系の3歳馬以上のJRAに所属をしている馬が出場できます。
地方所属は3頭、それに外国場が9頭迄までと言うルールーになっています。
ハンディッキャップもあります。
3歳馬が55kg、4歳以上は57㎏牝馬は-2kgと言う風に定められております。
ここ1年のGI級優勝馬は2㎏、過去1年の牝馬限定GI、GII優勝馬は1㎏です。
過去1年以上前のGI優勝馬1㎏の増です。
スワンステークスの賞金の総額は1億位1300万円です。
一賞金6千万円で、2着以降、2400万円、1500万円、900万円、600万円、となります。
これまでは、優勝馬に掛けられていたレイは初めからずっと、赤でした。
2008年にレイの色は青に変更されました。
2着以内でゴールするとマイルチャンピオンシップへの参加チャンスが与えられます。
ただし、これは地方馬だけのチャンスです。
デイリー杯2歳ステークス
元々、デイリー杯2歳ステークスは、デイリー杯3歳ステークスでした。
3歳ステークスは、1966年に京都競馬場芝1600m外回り、として開催されました。
しかし翌年には、阪神競馬場の芝1400mと言う競争変更されたのです。
それからも何度も競技地や距離数を移されていきました。
そして京都競馬場の芝1600m外回りとして1977年から現在まで、続いています。
阪神ジュべナイルフィリーズが創設された時には、阪神3歳ステークスの前哨戦でした。
その後、牝馬限定の競争と1991年に変更されました。
この競争の前哨戦はファンタジーステークスという牝馬限定の競争にかわりました。
1980年には混合競争になり、外国産馬にも1989年に参加する事を認められました。
その後1995年には、地方馬は、阪神3歳牝馬S出走候補馬2頭が出走できるようになりました。
また朝日杯3歳s出走候補馬2頭に限って中央競馬指定交流競争、に出走を認められました。
1999と翌年にはレジェンドハンター、フジノテンビーが所属する笠松競馬が連勝しています。
2001年からは阪神ジュべナイルフィリーズ出走候補馬2頭も出走できるようになりました。
また朝日杯フューチュリティーS出走候補馬も出走する事を、認められています。
2001年に馬齢表示が国際基準に変更されました。
それを受け、レース名もデイリー杯2歳ステークスと変更されることとなったのです。
デイリー杯2歳ステークスは、大変高いレベルでの争われています。
京都大賞典
JRAが重賞(GII)として行っているのが「農林水産省賞典 京都大賞典」です。
このレースは一般的には京都大賞典と呼ばれています。
京都競馬場の芝2400mで行われている競争です。
この競争は春に行われている天皇賞や宝塚記念の後、秋に行われています。
このレースまでの期間をゆっくりと休養をとり、出走します。
同じ日に行われる毎日王冠よりも距離が長くなっています。
そのため、どちらかというと、長距離を得意とした馬の出走が目立ちます。
1966年にほじめられてこの競争は、初めは、4歳以上の重賞競争でした。
第1回目の開催地は京都競馬場3200mで行われました。
その頃は、名前も「ハリウッドターフ倶楽部賞」と呼ばれていました。
次の年に2400メートルに変更されて、そのままの形で続いています。
ただ、1974年にレース名だけが、「京都大賞典」と名づけられました。
当初は、混合競争ではなかった為外国馬には出走権が有りませんでした。
しかし1971年に混合競争となり、この年から外国産場の出走も出来る様になりました。
1995年から秋の天皇賞出走候補とされた地方馬も、中央競馬指定交流競争となりました。
そのため2頭出走が出来るようになったのです。
その後、3頭のエリザベス女王杯出走候補の馬も出走出来る様になっています。
国際競争に指定を受けた2003年には、9頭まで外国馬の出走が許されるようになりました。
その後は3歳馬等が秋から先にある競争に向けての大事な競争となっています。
毎日王冠
東京競馬場、芝2500mのコースで1950年に重賞競走として毎日王冠は始まりました。
出走馬は4歳(現3歳)以上の馬で、創設当初は定量の勝抜制でした。
勝抜制とは、一度勝利した馬は、次年度以降同競走には、出走できないという制度です。
しかし、1955年からは勝利した馬にも出走資格が与えられました。
また、負担重量も別定重量に変更されました。
いろいろと変更を重ねてきた距離ですが、現在では芝1800mとなっています。
開催場所は、幾たびか変更になりました。
今では、秋の天皇賞との関係で、東京競馬場での開催となっています。
出走資格は、サラ系3歳(旧4歳)以上の外国産馬を含むJRA所属馬です。
また、1996年に国際競争に指定され外国馬5頭が出走可能になりました。
2001年からは枠が増やされ9頭の外国馬が出走できます。
地方競馬所属馬は1995年から中央競馬指定交流競走となり出走可能になりました。
地方競馬所属馬の出走枠は、秋の天皇賞の出走候補馬2頭です。
毎日王冠は、秋のシーズンニ向かうはじめてのレースとして位置づけられます。
また、秋の天皇賞やマイルチャンピオンシップの前哨戦として注目されています。
秋のGIシーズンを占う上で重要なレースなので、有力馬の出走が多いレースです。
名馬オグリキャップがこのレースの連覇を初めて成し遂げました。
そして、調教師として瀬戸口勤さんがオグリキャップと一緒に史上初の連覇をしました。
賞金は、1着6400万円、2着2100万円、3着1600万円、4着960万円、5着640万円です。
賞金総額は1億1700万円にもなります。副賞として、このレースの名称の通り王冠が授与されます。
神戸新聞杯
1953年開始のハンディキャップの重賞競走「神戸盃」が
神戸新聞杯の最初の名称です。
4歳(現3歳)の競走馬によるレースで、阪神競馬場の芝2000mのコースが舞台となりました。
1972年に現在のレース名である「神戸新聞杯」に改められ、距離も何度か変更されました。
負担重量の変更も行われましたが、現在の馬齢重量に2003年以降は定着しています。
グレード制が導入され、1984年にGIII に格付け、1987年にはGIIに格上げされました。
また、1995年には菊花賞のトライアルに認定されました。
有力馬がこのレースを初戦として、重要視しているのはそのためです。
2000年から2009年まででこのレースにからステップして菊花賞をさらった馬は7頭にも上ります。
2006年に外回りのコースが阪神競馬場の馬場改修に作られました。
それにより、芝2400mの外回りコースとして2007年から行われています。
直線距離も476.3mとなりました。このレースの入賞馬3着までは、
菊花賞の優先出走権を得ることができます。
1995年中央競馬指定の交流競走として菊花賞出走候補の地方馬2頭が参加できます。
2000年からは枠が拡大され3頭になりました。
2005年からは、春のクラシック競走及びNHKマイルCも出走資格を得られるレースになりました。
それは、春のクラシック競走及びNHKマイルCで2着以内になった馬です。
2001年には菊花賞に外国産馬が出走できるようになりました。
そのため、このレースも混合競走となり、外国産馬を認めています。
オールカマー
中山競馬場の外回り芝2200mで争われるオールカマーは、
中央競馬の重賞(GII)競走です。施行主は、日本中央競馬会(JRA)です。
寄贈賞は産経新聞から提供され、産経賞オールカマーが正式名称です。
1995年から4歳(現3歳)以上の競走馬によるレースとして始まりました。
創設時の名称は「産経賞オールカマー」です。
施行条件や時期は時代とともに変わりました。
今では秋の天皇賞へのステップレースとして注目されています。
優勝馬には、スズパレード・オグリキャップなど名馬が名を刻んでいます。
しかし、名馬の登場も1980年代後半から1990年代までとなります。
宝塚記念が7月に行われるようになると、夏の休養が短くなってしまいました。
有力馬は、毎日王冠か京都大賞典を十分な休養の後の初戦として選ぶようになりました。
しばらくこのレースの優勝馬から同年のGIを制する馬は現れませんでした。
2007年の有馬記念を制したマツリダゴッホはこのレースの優勝馬です。
同年ではありませんが、2004年の優勝馬メイショウドトウは、翌年の宝塚記念を制しました。
サラ系の3歳(旧4歳)以上のJRA所属馬に出走資格があります。
それ以外には、地方所属の競走馬が2頭まで、外国調教馬が9頭までです。
秋の天皇賞への出走権が上位2位まで与えられるトライアル競走でもあります。
しかし、これは優先出走権ではない出走権で、また地方所属馬だけに権利があります。
グレード別定を負担重量とし、3歳は54㎏、4歳以上は57㎏です。
牡馬は2㎏減が基本で、他のレースの優勝馬にもハンディが課せられます。
ローズステークス
阪神競馬場芝1800mで行われるローズステークスは、
中央競馬の重賞(GII)競走です。
日本中央競馬会(JRA)によって執り行われています。
「関西テレビ放送賞ローズステークス(秋華賞トライアル)」が正式名称及び表記です。
関西テレビ放送から寄贈賞が出されています。
1983年にエリザベス女王杯のトライアル競走として始まりました。
このレースは4歳(現3歳)牡馬の競走馬によって開催されます。
現在までに条件や施行時期は変更され、現在に至っています。
大きな変更は、京都競馬場から阪神競馬場に会場を移したことです。
1996年に新設された秋華賞のトライアル競走となっています。
秋華賞には、3着入賞馬に優先出走権が与えられます。
3歳牡馬重賞路線の変更などにより、いろいろなレースが廃止されたり変更されました。
そのため、秋華賞の前哨戦としては唯一の3歳牡馬限定の重賞レースとなりました。
位置づけとしては紫苑ステークスよりも上位です。
有力馬の多くはこのローズステークスを経験して秋華賞を目指します。
出走資格はJRA所属馬でサラ系4歳(現3歳)の牡馬です。
それ以外は、3頭の地層所属の競走馬と9頭の外国調教馬です。
馬齢重量で54㎏が負担重量となります。
2009年現在連覇した騎手は3人で、河内洋、武豊、松永幹夫です。
武豊は、2度連覇を果たしています。
また、兄弟馬での優勝は史上初のヒシアマゾンとヒシピナクルの姉妹馬です。
賞金は、1着5200万円、2着2100万円、3着1300万円、4着780万円、5着520万円です。
賞金の総額は9900万円となります。
セントライト記念
中山競馬場で開催されるセントライト記念は、日本中央競馬会(JRA)の重賞競走です。
芝2200mのコースで行われ、アール・エフ・ラジオから寄贈賞が提供されています。
「ラジオ日本賞セントライト記念(菊花賞トライアル)」が正式名称及び表記となります。
日本競馬史上初の三冠馬のセントライトを記念する競走として1947年に創設されました。
創設当初から名称は「セントライト記念」で、4歳(現3歳)の牡馬による競走です。
最初の頃は菊花賞と開催時期が同じであったり、菊花賞の後に開催されていました。
そのため、当初はトライアル競走としてのとらえ方はありませんでした。
その後、条件や施行時期の変更が重ねられました。
開催場も東京競馬場から中山競馬場に移動しました。
また、関東圏における菊花賞のトライアル競走に指定された重賞(JpnII)競走です。
それにより、入賞上位3着までの競走馬には菊花賞への優先出走権があります。
関東での唯一の菊花賞へのトライアルレースですが、有力馬の出走は限られています。
有力馬のほとんどは神戸新聞杯に出走しています。
このレースで優勝し、菊花賞で勝った馬はシンボリルドルフ以降出てきていません。
2001年には4着に入ったマンハッタンカフェが、菊花賞で優勝しました。
菊花賞への出場権が与えられても、距離の違いから秋の天皇賞へ出走する馬もいます。
せん馬は繁殖馬選定のため菊花賞へは出走できませんが、本レースには出走できます。
せん馬で優勝をさらった馬は、1992年のレガシーワールドです。
セントウルステークス
セントウルステークスは1987年から阪神競馬場で開催されています。
名前の由来はガーデン内にあるケンタウロス像から付けられています。
距離はGⅡのグレードでは1200mと短く日本の大会や世界戦の前哨戦とされてます。
サマースプリント5戦中5戦目、グローバルスプリント8戦中5戦目になります。
出走の資格は3歳以上で、認定を受けている地方競走馬や外国の調教場です。
馬の年齢に対しての規定体重以上と他にもたくさんの出走資格があります。
セントウルステークスといえば過去にも様々な記録が生まれています。
1987年~1988年現在は調教師の河内洋騎手が初の連覇をしてます。
1996年には有名な武豊騎手も連覇をしてます。
2005年には騎手として活躍されていた橋口弘次郎さんが調教師で3連覇をしてます。
2000年からはGⅠスプリンターズステークスが後走で出走する競争も始まりました。
上位2位までに入ると出走権がもらえます。
優勝賞金は6000万円、2着2400万円、3着1500万円となります。
またサマースプリントシリーズを総合優勝するとボーナス5000万円も貰えます。
国際競争のグローバルスプリントチャレンジでも3勝以上で100万ドルが貰えます。
セントウルステークスは秋の電撃王決定戦で出世馬と位置づけられる大会です。
さらにサマースプリントシリーズと言う夏の王者の大会でさらに注目されています。
これからも阪神競馬場では出世馬がたくさん出てくる大会が予想されます。
札幌記念
札幌記念は1965年からJRA(日本中央競馬会)が札幌競馬場で開催しています。
以前は国営競馬で行われてきましたが1965年新規定で現在の札幌記念が行われてます。
また、現在はサマー2000シリーズの5戦あるうち4戦目に行われています。
出走馬の資格は3歳以上の競走馬で認定されている外国の調教師と地方の競走馬です。
距離は2000mで、のちに行われる大会の有力候補として出走されます。
また札幌記念と言えば様々な記録が生まれています。
1990年にグレートモンテが2000m過去最高の1分58秒9の記録を出しました。
2008年にタスカータソルテが18年ぶりに1分58秒6と好タイムの記録更新でした。
このレースには長い歴史があり、連覇・連覇と輝かしい成績を残している大会です。
1968年~1970年に調教師として故・伊藤修司さんが3連覇をしています。
また1982年~1983年競走馬オーバーレインボーが2連覇をなしとげています。
他にもあの有名な武豊騎手が騎手で史上初の3連覇をしています。
賞金はGⅡのグレードとしては最高額の総額1億3400万円です。
1着に7000万円、2着2800万円、3着1800万円となります。
サマー2000シリーズを総合優勝しますと5000万円のボーナスも貰えます。
夏の大会としては豪華な顔ぶれで期待も注目度も高い大会です。
豪華な顔ぶれに、豪華な賞金で、普段は涼しい札幌でも白熱する大会になります。
目黒記念
目黒記念は東京競馬場芝2500mで行われる伝統のハンディキャップレースです。
このレースをステップにして宝塚記念に向って毎年大激戦が繰り広げられています。
春のグランプリを占う意味での一戦と位置付けて参戦してくる馬が多く目が離せません。
前走で2200m以下のレースに出走した馬の成績はあまりよくありません。
3000m以上のレースに出走を経験した馬が好成績を残しています。
ハンディキャップレースとはいえ軽ハンディの馬が有利とは限りません。
軽いハンディの馬より重いハンディを課せられた実力馬が活躍しています。
1・2番人気であれば負担重量が重くとも信頼できます。
古馬よりも上昇馬で3000m以上の距離に実績のある人気馬が貫録を示しています。
長距離血統の上昇馬が好成績を残しているのも目黒記念の特徴です。
2500mと距離が長いのでスタミナ血統の馬が有利です。
脚質は後方いっきと言う差し馬より先行馬が有利とのデーターが残っています。
枠順の有利不利もかなりの影響があります。
大外枠より内枠の馬が有利な傾向が見られます。
また年齢別の勝ち馬の成績は4・5歳の上昇馬が際立って好成績を残しています。
6・7歳の古馬の苦戦がみてとれます。今まさに上昇中の4・5歳馬の活躍が際立っています。
また人気馬の信頼性は比較的高く安定した活躍が目立ちます。
高配当を狙うよりも人気馬を中心にして3・5番人気の馬の組み合わせがベストです。
目黒記念は人気上位の馬であればハンディ頭であっても問題なく信頼できます。
人気と長距離の実績が重要な要素となります。
